「産経新聞」掲載書評

written by 越水利江子

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産経新聞掲載2003/7/12

「水の精霊 第II部 赤光」横山充男著

 世界を浄化する力を秘める幻の民セゴシ一族を描く壮大なファンタジー第II部。

 まず記したいのは、この物語が荒唐無稽(むけい)のファンタジーではないということだ。この国の歴史を振り返れば、大きく二つの系譜が見えてくる。天の民と地の民の系譜である。地の民は土地に根付き、時の権力と均衡をはかりつつ生きてきた農耕中心の人々。一方、天の民は権力にまつろわず天(山)に上った山間の民、流浪の人々である。物語のセゴシ一族はこの天の民の系譜といえる。

 第I部は、セゴシ一族の末裔(まつえい)たちが、我知らず、水が呼ぶ地、四国四万十川へ集結し始めるところから始まる。中でも、ふた咲きの花(運命的な対の存在)と呼ばれる少年真人と少女みずきが出会い、出会ったことでむかえる覚醒(かくせい)は、物語とは思えない迫真の映像として迫ってくる。

 第II部は、京の地が舞台。真人をはじめ、登場するセゴシの末裔たちには還(かえ)るべき聖なる地がある。彼らはその地に待つ人の面影を求め、秘めた思いに慟哭(どうこく)する。作者が確信犯的に仕掛けた哀しみの結晶のようなシーンだが、読んでいて瞼(まぶた)が熱くなった。その清澄な美しさ、いいようもない深さは、人間をごまかすことなく描き切ったからこそ生まれた。
I部II部を通じ、傷つけられ汚され続ける豊饒(ほうじょう)な自然の姿が痛いほどに立ち上がってくる。セゴシ一族が浄化しようとする世界の汚辱は、すべて現代の我々が背負う現実そのものだ。だが、読み進むほどに気持ちが澄んでいくのは、なぜだろう。

 ひょっとして、この本は癒しの文学どころか、内なる力を目覚めさせる文学なのかも知れぬ。海外ファンタジーがもてはやされる時代だが、真のファンタジーとは、真の文学とは何かを問い直したくなる貴重な一冊となった。(ポプラ社・1500円)

 児童文学作家 越水利江子