月 神 伝 説     
        02/10/20京都新聞
         越水利江子
 

月が美しい。
 この季節の月を眺めていると、この国の月の伝説をあれこれ思う。
一番、知られているのは、やはり、かぐや姫だろう。絵本や童話にもなっているが、原典『竹取物語』は「物語の出で来はじめの祖」といわれた伝奇ロマン小説の元祖。
 月の天人の美しい娘が人間に拾われ育てられて、人間界の男たちの心を惑乱させ去っていく物語。
ところがこの物語、現代においては、面白い読み取り方がある。
一つには、かぐや姫宇宙人説。
かぐや姫がいた金色に光る竹は、実は宇宙から着陸した小型ロケットだというのだ。
なるほど、竹とロケットは似ているし、十センチのこどもなら、竹の節ほどの小型ロケットに乗っていても納得がいく。
 他に、かぐや姫先住民族説もある。かぐや姫はこの国の先住民の娘だったので、支配した側の帝や公家などには決してなびかなかったという説だ。
 前者はいかにも荒唐無稽だが、後者は当たらずとも遠からずといえるかも知れない。

 古来より、この国の神社信仰は確かに支配側と被支配側の信仰がしめ縄のようにより合わさっている。天照大神を代表とする太陽信仰を主流とすれば、その伏流水が月神信仰でもある。
 月神信仰の社(月読尊などを祭神とする)は、全国各地に存在する。
その月神に深いつながりがあるのが桂の木。
 例えば、吉備津の古代たたらには必ず桂の木を植えた。
 たたら一族にとって、桂は神が降臨する神聖な木であったからだ。

 伝説によれば、桂の木は月にも生えている。
 また月に住む仙人を桂男と呼ぶ。
 余談だが、京の葵祭りにも桂男は登場する。 
 
話題をかぐや姫に戻すと、月に帰るかぐや姫は、不死の薬をのこして去っていく。
 月の兎がついているのは餅ではなく、仙丹という不死の薬だともいうから、月の天人が不死の薬を持っていても不思議はない。
一方で、月読尊は飲めば若返る月の変若水(おちみず)を持っているという。
そういえば、葵祭りの桂男は桂の枝で聖水をふりまくのではなかったか。
 さまざまを思いながら月を眺めていると、どこからか金木犀の甘い香りがただよってきた。
 金木犀の漢名は丹桂。
 咲きこぼれる橙黄色の小花を桂花とも呼ぶ。
色といい香りといい、なんとも月夜に似合う花ではある。
 はてさて文化とは、日常のそこここに、さりげなく佇んでいるものらしい。
 (童話作家)