浮き巣     
         01/5/20京都新聞
            越水利江子


子どもの頃の夏は熱かった。
「暑い」という字より「熱い」が似合っていた。
あの夏は、ちょうど今頃の抜けるような青天井から始まった。
つい昨日までの白っぽい春の空が消え、眩しいばかりの青空に気づく季節。
その頃、私は東山の鴨川近くに住んでいた。
ある日、私は幼なじみの男の子のミキちゃんと鴨川へ向かった。
私たちは手に手に、木切れや折れ釘を持っていた。
(水はまだ冷たいやろか・・・)
川へ向かう道で、私は臆病に思った。
やがて河原に着き、私とミキちゃんは持ってきた木切れを組み合わせ、すのこのような筏(いかだ)を作った。
私とミキちゃんは、この筏で一緒に川を下るつもりだった。
ところが、筏はずぶずぶと水に沈んだ。
小さな木切れだけでは当然だった。
だが、私たちは呆然とした。
筏を作る間、頭の中には、もう川下りのシーンが浮かんでいた。
血わき肉おどる冒険のはずだった。
「なーんや」
ミキちゃんがいった。
(やっぱり)と、私は思った。
その時、川面をプカプカ流れてゆくものがあった。
カイツブリの浮き巣だった(折れ枝や水草で編んだ水上の鳥の巣)。
それを見たミキちゃんが「くそっ!」と、河原にぶっ倒れた。
汗みどろの体のまま、私も草はらに大の字になった。
背中がチクチクした。
私たちの上には、ジーンと熱い真っ青な空が、どこまでもどこまでも広がっていた。
都会の子どもの無念な思い出である。
だが、あの頃の夢を見事にかなえてくれる本が、今年の課題図書に選ばれた。
『少年たちの夏』横山充男著(ポプラ社)である。
舞台は一九六四年、黒潮あらう高知の四万十川。
三人の少年が、手作りの筏で四万十川を海まで下る物語だが、ただ下るだけではない。
少年一人一人の思いが、切ないまでに鮮やかに描き出されてゆく。
それなのに、太陽を背負ったように、みんな明るい。
人間が自然にまみれ暮らしていたあの時代の息吹、あの熱い夏。
あの夏が、今夏、現代の子どもたちに帰ってくるのだ。
課題図書も捨てたものじゃない。
いや、子どもだけでなく父子で読める貴重な本でもある。
共に読めば、息子たちは、父親の少年時代に、さぞかし嫉妬することだろう。                             
                        (童話作家)


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