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「とりあえずビール」        
                     越水利江子


居酒屋で、おしぼりを使いながら吐くのは、ともかくこのせりふである。
何を食らうか、どう愉しむか、すべては、ぐいっとビールやってからという、困った人種の常套句。
こういう常套句は、ほかにもある。
出前の店屋物などを頼むと、待てど暮らせど届かないことがある。
そんな時、痺れを切らして催促すると、「あ、すみません。もうすぐできます!」とか「あ!今さっき、配達に出ました!」とかいわれる。
これは仕出し屋の常套句で、本当の意味は、前者は「まだしばらくかかります」という意味で後者は「やっと、今、作るとこです」という意味であることが多い。
それと似ているのが、原稿のでき具合を編集者に伝える時の作家の常套句。
「もう、だいたい仕上がってます」なんて言うとき、実は仕上がってない。
オホン(咳ばらい)。
ただし、これは一般論で、私のことでないので、念のため。
常套句には、もっと面白いものがたくさんある。
口説いている女に「尊敬しています」なんていわれたら、男性諸氏は、振られたと感じる人が多いらしい。
逆に、男から「妹みたい」とか「女にしとくのもったいない」とかいわれた場合、これは女にとっては、叶わぬ恋ということになる。
めそめそしないで、「アンタも、男にしとくのもったいない」といい返すしかない。
また、不倫する男の常套句は「妻とは寝てない」がダントツ一位で、不倫する女の常套句は「(夫を)愛していない」または「(不倫相手を)愛している」らしい。
中身のない常套句か、持続する心の行為であるかは、生涯を生きて証明するしかないのだから、こんな常套句は、真剣に愛し合っている者たちには迷惑千万な話かも知れない。
それにしても、行為か心か、男女の間には、深い河があるようだ。
なんだか、童話城にふさわしい話題ではなくなってきたが、乗りかかった船だ。
太平洋を渡ってみよう。
別れ話を切り出す時のアメリカ男の常套句。
 It’s not you.( 君のせいじゃないよ)と、言い出されると、アメリカ女は、それだけですべてを察する。
この後、男のせりふは、It’s me..(悪いのは俺だ)とつづく。 
どこかへ赴く男が I’ll be back!(すぐ、戻るよ!)というと、ホラー映画なら殺され、アクションなら大事件に巻き込まれ、パニック映画なら、渦巻きや竜巻に呑みこまれると決まっている。
最近の映画「キャスト・ア・ウエイ」のトム・ハンクスは、なんと飛行機が墜落して無人島に漂流してしまう。
最後に、幸せなハリウッド映画の終わり方。
 Go home ! (さあ、家へ帰ろう!)
そして、日本のサラリーマンの幸せな一日の終わり方。
「とりあえず、ビール!」