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壁向こうの国 越水利江子 私は京の東山で育った。 鴨川があり疎水があり、東福寺や泉涌寺など古刹を有する山々があった。 養父の家は、路地のどんつき(京言葉でいう袋小路のいきどまり)にあり、家裏には細長い蔵のような物入れがあった。 その小さな高窓からは、薄陽が射し、外からの人声や物音が漏れ聞こえた。 どうやら壁一枚向こうは、見知らぬどこかへつながっているのだが、それはどこなのか、さっぱり見当がつかない。 この頃、京の路地は入り組んだパズルのようだった。 高窓からは、日々、間遠い赤ん坊の泣き声や挨拶の声、水をまく音、車輪のきしみ、それに何やらパタンパタンという物音も聞こえた。 もらいっ子のせいか、私は夢見る子どもだった。 いつも、遠いどこかで、誰かが自分を呼んでいるような気がしていた。 蔵の壁向こうが、その誰かがいる別世界にも思えた。 ある日、窓から子どもの声が聞こえてきた。 小学生らしい男の子の声。 「りえちゃん、泣かんとき。な、泣かんとき…」と声はいっていた。 幼い兄が妹をなぐさめているようだった。 それにしても、りえちゃんは私と同じ名前。 あっちの世界にもりえちゃんがいて、その子には兄がいる。 そう思うと、憧れで胸が痛くなった。 兄弟姉妹の多い路地裏では、一人っ子はとかく不利だ。 兄弟喧嘩はしても、何かの折には一致団結するのが兄弟。 皆で遊んでいても、仲違いしても、一人っ子はいつも力負けした。 私も強くて優しい兄がほしかった。 私はすぐに近辺の路地をくまなく探索した。 だが、どの路地も浅い袋小路ですぐ進めなくなった。 探すうち、いつしか町内を出てしまった。 あきらめかけた時、道端に停車していたトラックが急発進した。 車の去ったそのあとに、見たことのない路地がぽっかり口を開けていた。 私はどきどきして路地に入った。 古い家並みの路地は深く切れ込み、折れ曲がり、枝分かれしていた。 行きつ戻りつして、ようやくどんつきに辿りついた時には、夕風が吹き始めていた。 通りかかった家から、パタンパタンという音が聞こえた。 覚えのある音。 その家の虫籠窓をそっとのぞくと、若い女の人が機を織っていた。 女の人と織り機の向こうには明るい坪庭が見え、真っ赤な鶏頭の花が、夕方の光と風に揺れていた。 「ここや…」 私はついに来たと思った。 私ではないりえちゃんとお兄ちゃんが住んでいる別世界。 いや、この路地のどこかに、離れ離れになった自分の兄がいるような気さえした。 「おにいちゃあ〜ん」と呼んでみたくなり、その想像に瞼が熱くなった。 ふいに、どんつきの板塀の向こうから 「おい、ここにないぞ。どこやった!?」 という声がした。 まぎれもなく養父の声。 「そんなん知らんがな」と養母の声。 どちらも日常の遠慮会釈のない声色。 いつ仕事から帰ったのか、物入れをさぐって、ぶつくさいっている養父の姿が浮かんだ。 とたんに、私の想像はひゅんと消えた。 振り返ると、そこには、見慣れた京の路地の暮らしがあるだけだった。 (こしみず・りえこ 童話作家) 2001/7/8 新聞掲載稿 |