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みきちゃん           
                    
越水利江子


 夏休み前の町別集会で、一年下の男の子、幹(みき)ちゃんが手を挙げた。
「○○××子さんを推薦します!」
 一瞬、幹ちゃんが何をいったのかわからなかった。
 夏休みの班長を決める選挙。
五、六年生の優等生の名前が並ぶ黒板に私のフルネームが書かれた。
「他に推薦はありませんか。では、多数決で班長を決めます。挙手してください」
議長がいった。
(え、えらいっこちゃ。幹ちゃんいうたら、なにしてくれんねん)
 正直、青くなった。
私は確か五年生だったが、班長になるような器ではなかった。
それどころか、かなりの落ちこぼれだった。
こういう選挙で選ばれるはずも、推薦されるはずもなかった。
それなのに、何を勘違いしたのか、幹ちゃんが私を推薦してしまったのだ。
 やがて、候補者への挙手が始まった。
(あかん! うちのときは、幹ちゃんだけや)
 手を挙げてくれるのが一人だけなんて、すごくかっこわるいと思った。
 私の名が読み上げられた。
 こわごわ見ると、勢いよく挙がる幹ちゃんの手が見えた。
 他には誰の手も挙がらない。
 キョトキョト周りを見回した幹ちゃんの手が、次第に沈んでゆく。
「はっきり、手を挙げてください!」
議長がいったとたん、手はすっかり机の下に隠れてしまった。
 黒板の私の名に、大きな字で0と記入された。
私は恥ずかしさで顔を上げられなかった。
 誰もいない家へ駆けて帰り、押入の布団相手に大泣きした。 
 
 それ以来、私は幹ちゃんとは遊ばなかった。
 しばらくたったある日。
 「映画行こか」と、幹ちゃんが声をかけてきた。
当時は、古い映画なら、子どもの小遣いで見られた。
 私は断ろうと思った。
だが、「おごったるから。な、行こ」という一言で、つい行く気になった。
 上映されていた忍者映画は最高に面白かった。
すっかり忍者気分で館を出てくると、今度は忍者ポスターが目に入った。
ふいに、熱烈にポスターが欲しくなった。
「あれ、ほしいなあ」
私はためしにいってみた。
幹ちゃんは私をチラッと見て、すぐ目をそらした。
町別集会で挙げた手を下ろした、あの時の目と同じだった。
「興行終わってからポスター下さい」と、館員にいえばいいのだが、それが二人ともいい出せなかった。

 数日後。
 路地で遊んでいると、幹ちゃんが長屋の裏塀の上から顔をのぞかせた。
「これ、やるわ」
そういって、私の前にポンと投げ落とされたのは筒状の紙。
開くと、忍者のポスターだった。
押しピン跡が激しく破れている。
「これ、どうしたん?」
 おもわず私はきいた。
「夜中に自転車で行ってな、パクってきたんや。あわてたから破れてもた」
 それだけいって、幹ちゃんは塀の中へひっこんだ。
その時、私の脳裏には真夜中の映画館が浮かんだ。
走り抜ける自転車、ポスターの破れる音、ポスター泥棒の心臓の音までが
聞こえてきそうだった。 
塀の向こうでは、まだガサゴソという音がしていた。
やがて、幹ちゃんが眩しそうな目だけを覗かせた。
「な、あそぼか」
 気弱な声がいった。
                          (こしみず・りえこ 童話作家)

2001/7/15 新聞掲載稿