作家の階段 |
今日は生涯学習講座の最終日でした。 合評作品は、期せずして、二作とも動物が主人公の物語でした。 文章はきちんと書ける二十代のお嬢さんお二人でした。 お二人とも文章がよどみなく書けるということで、ポイントは物語の設定と構成の話を中心にしました。 童話を書きたい人のすそ野はとても広いグラウンドです。 そこから一段上がると「文章がきちんと書ける人」になります。 二段目の階段は「構成がそつなく出来る人」です。 これは、お話を設定して、破綻を起こさず、結末まで持っていけるということです。 ここまでは、熱心な書き手さんなら、早い人なら1年、遅くても2,3年書き続ければやれるようになります。 今回のお二人のお嬢さんはこの二段目の階段あたりでした。 それで三段目の話をしたのです。 三段目は「面白くてハラハラドキドキする物語が書ける人」という階段です。 この階段は、三段目なのに、これまでの階段の歩幅では上れないほど一段が高いのです。 もしかしたら二段目から三段目までの距離はロープーウェイが必要かも知れません。 けれども、ポイントを身に着ければ、もっと距離は縮むかも知れません。 そのポイントのお話をしました。 さて、では、四段目の階段はなんでしょう。 これは「プロになる可能性を秘めた人」という階段です。 なぜ、「プロになれる人」ではなくて「プロになる可能性を秘めた人」なんでしょう。 それは、面白いものを書けるからといって、みんなが本物のプロになれるわけではないからです。 面白い作品を、命ある限り、少なくとも百話くらいは提出できないとプロとはいえません。(つまり、私もプロ過程の途中段階にいることになります) そして、最終の五段目は「時代が変わっても読み継がれる作家」です。 この目標が、やはり、書き手の最終目標でしょう。 この五段目は、売れっ子作家でも上れるとは限りません。 純文学作家であっても、芥川賞を取っても、直木賞を取っても、この五段目に行き着く人はほんの少数です。児童文学もしかりです。 かといって、書き手の私たちに何ができるでしょうか? できることは、魂を込めて書くことだけではないでしょうか。 世の中を舐めないで、真摯に書くこと。 自分にしか書けない何かを、提出し続けることなのではないでしょうか。 後は、時代が、歴史が、すべてを動かしていきます。 ある時代、踏みつけにされた文学が違う時代になって甦ることもあれば、一世風靡した文学が時代と共に埋もれていくこともあります。 私たちの仕事は、人間の一生といった短いスパンでは計れない仕事なのです。 そう考えたら、売れっ子さんも、お金持ち作家も、さほど、うらやましくはないように感じます。(もちろん、ちょっとはうらやましい〜♪) ひたすら、魂を込めて書く。それだけやなあと、思った一日でした。 |