「季節風」掲載書評

written by 越水利江子

風雲童話城のトップへ戻る

コラムインデックスへ戻る

宝物の一冊ここにあり!


『なまくら』
          吉橋通夫 作
     講談社


 吉橋通夫さんの『なまくら』が野間児童文
芸賞を受賞されたと聞いて、ほんとに嬉しい。
 まず嬉しかったのは、この物語が、江戸か
ら明治へと向かう日本の大変動期を舞台に、
時代に翻弄される少年たちの青春と熱い心を
見事に描き出した時代小説であること。
 昨今の児童文学界では、「ライトノベルが
何十万部売れました」という声は聞いても、
重厚な歴史児童文学は出版すら難しくなって
いる(『鬼が瀬物語』岡崎ひでかず・くもん
出版など、編集者の心意気を感じる本もある。
だが、圧倒的に数は少ない)。
 かつて、後藤竜二さんの『野心あらためず』
(講談社)が野間児童文芸賞を受賞された時
にも思ったが、昨今の子供たちはライトノベ
ルは読んでも、本格的な歴史児童文学はなか
なか読んでくれない。
 昔は、児童文学からエンタティンメントを
締め出す動きもあった。あれは間違っている
と思う。エンタメにも傑作もあればそうでな
いものもある。文学作品と銘打たれていても、
玉石混淆であるのと同じだ。だが、この『な
まくら』は、エンタメが次々出ているYA文
庫から発刊された。ということは、ふだんは
エンタメしか読まない子供たちが『なまくら』
を読んでくれるかも知れない。それも嬉しい。
 喜びすぎて誌面を使いすぎた。
 物語に戻ろう。
 これから大人になろうとする人、これから
物語を書こうとする人に、ぜひこの本は読ん
でもらいたい。登場する少年たちの人生に立
ち合ってほしい。傷だらけ泥まみれで、それ
でも地を這い根を張り成長し続ける少年たち。
その清らかで強靭な魂に出会ってほしい。
 文章の巧みさはいうまでもない。
 物語の舞台となる京の町色、艶、質感、む
あっと蒸し暑い夏の空気、痛いほど頬を叩く
吹雪の感触までが、行間から伝わってくる。
 少年たちのひたむきな熱い思いに胸がいっ
ぱいにもなる。痛く切ない。だが、その痛み
も切なさも鮮やかに昇華する。なんといって
も、物語の底流となる作者の志の高さこそが、
この本を宝物の一冊にしていると思う。


待ってました! の一冊
『紅玉』
        後藤竜二 文
        高田三郎 絵
新日本出版


『九月の口伝』の絵本版といえば、すぐ思い
当たる人も多いかも知れない。
 作家後藤竜二の原点といってもいいだろう。
「りんごの季節になると、父はきまってぼく
らにおなじ話を語り聞かせた…」見返しの一
文を読んだだけで『九月の口伝』を読んだこ
とがある者には、胸に迫ってくるものがある。
太平洋戦争が終わった年の九月。
 父が手塩にかけたりんごの収穫が迫った。
 実ったのは、みずみずしく、あまずっぱい
真っ赤な紅玉。そのりんご畑がおそわれた。
 おそったのは、朝鮮や中国からむりやり連
れてこられ、北海道の炭坑で働かされていた
人たちだった。骨と皮のような人々がわめき
ながら、目をぎらつかせながら、赤いりんご
を次々もぎとり、かぶりついていた。
 その人たちが炭坑でどんな目にあっていた
か、戦争中、中国へ攻めていった日本軍が中
国で何をしたか……それを知っている兵士だ
った父。その父は「りんごくらいなんだ」と
思った。…思ったが、我が子のように手をか
けたりんご畑が荒らされるのを、ただ黙って
見ていられなかった。
「半殺しにされるぞ!」
 とどめる村人たちの声の中、父は、ふわり
と、歩き出していた……
 この物語には、国境も戦争も、飢えや渇き
や憎しみさえも超えた、崇高な魂が語られて
いる。
 あの戦争の悲惨を忘れかけた日本人がこれ
から歩もうとする道。暗雲の垂れ込めたその
道の空に思いをはせる時、この絵本を、日本
中の人たちに手に取ってほしいと思う。いや、
朝鮮、韓国の人も、中国の人にも手にとって
もらいたい。
 国家という化け物に翻弄された一己の人間
と人間が一瞬出会って、もう二度と会わなか
った、たったそれだけの物語が、なぜこうも
人の胸をうつのかと思う。
 朝鮮、韓国、中国、日本は、ともに、今は
戦争の惨禍にはない。だが、どの国の人も、
国家という化け物にまたも踊らされはじめて
いるような気がしてならない。