夏遊び        
             2001/7/21京都新聞
                   越水利江子


 人間は年を取る。
 それは否応ないスピードで。
いつになったら大人になるのだろうと思った幼い日。
あの頃は大人までの時間が永遠ほどにながいと感じた。
だが、気がつくと、時は見る間に過ぎ去っていった。
今も、車窓の景色のように飛び去ってゆく今日、明日、あさって…。
 この先に、老いがある。
 どんな年寄りになりたいか。
いつの間にか、そんな事を考える年にもなった。
女であることの到達点のおばあちゃん。
その女の立場から見れば、生涯の伴侶と決めた男の到達点がおじいちゃん。
そう考えると、子どもの本であったとしても、ステレオタイプの老人など決して書きたくない。
 魅力的な年取った男や女を描きたいと思う。
 そんなおじいちゃんを登場させた絵童話
『かいぞくぶろ』(新日本出版社)が、今夏の私の新作である。
----- 明日は海へ行くという日、あやちゃんは熱を出す。
だが「ぜっーたい、海へいく」ときかない。
子どもは「またこんど」なんて言葉は大嫌いなのだ。
約束の夕方、おじいちゃんがあやちゃんを呼んだ。
「ほーら。海だぞう!」
 喜んで行ってみると、そこはただのお風呂。
「そこは海じゃないよ。おふろだよ」
怒ったあやちゃんに、おじいちゃんは自信たっぷりにいう。
「それが、海なんやな」  

 この本を読んで、自宅のお風呂を海にしようと塩一袋をぶちこんだ子がいる。
冷蔵庫の氷をプカプカ浮かべた子もいる。
みんな「かいぞくぶろ」遊びをしたかったらしい。
夏しかできないお風呂遊びだから、親も怒らない。
悦に入る子どもの顔をみて、こっちも幸せな気分になったとおっしゃる心の広いお父さんやお母さんに、作者は感謝の日々である。
 子どもが絵本と同じ遊びをしたがるというのは、どんなほめ言葉より嬉しい。
一方で、これらのお父さんやお母さんから「絵本のようなおじいちゃん(おばあちゃん)になりたい」という声も返ってきた。
 真夏しかできない遊び。子ども時代にしかできない遊び。
それらも大切だが、年取ってからしかできない深い触れ合いもある。
経済効率だけでお年寄りを社会のお荷物のように数えてはいけない。
おじいちゃんはこんなに素敵なのだと、子どもたちにはぜひ知ってもらいたい。

    (童話作家)